難病当事者が国会を変える!舩後靖彦が突きつける介護保障の真実

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難病当事者が国会を変える!舩後靖彦が突きつける介護保障の真実
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🎵 難病当事者が国会を変える!舩後靖彦が突きつける介護保障の真実

れ いわ alsという検索語が、永田町の政治エリートから在宅医療の最前線に至るまで、静かだが鋭い波紋を広げ続けている。筋萎縮性側索硬化症(ALS)の当事者として国政の壇上に立つ舩後靖彦氏の存在は、単なる「象徴」ではない。呼吸器の作動音とともに発せられる文字盤の言葉が、これまで健常者中心で設計されてきた日本の社会保障システムに真っ向から揺さぶりをかけているからだ。

かつて障害者が政治の意思決定の場から遠ざけられていた時代は終わりを告げつつある。代表の山本太郎氏が率いるれいわ新選組が議席を獲得して以来、れ いわ alsというキーワードが示す問題群は、個別の福祉施策にとどまらず「生きる権利とそのコストを誰が担うのか」という国家の根本的な問いへと昇華された。現場でいま何が起きているのか、その実態を紐解く。

永田町の常識を覆した議席獲得と国会バリアフリー推進の軌跡

参議院の重厚な扉が開かれたとき、そこにあったのは歴史の転換点だった。車椅子用のスロープ新設や議席の改修、大型モニターの設置といったハード面のバリアフリー推進は、舩後氏と木村英子氏の登院によって急速に進んだ。明治以来の慣習に縛られていた議場が、当事者一人の存在によって物理的に作り変えられたのだ。

だが、真の障壁は建物の段差ではなく、霞が関と永田町に染み付いた「前例踏襲」という見えない壁だった。代読による質疑、パソコン等による音声出力を用いた発言のタイムキーピングなど、議会運営のルールそのものを再構築するプロセスは、制度の狭間に取り残されてきた人々の現実を白日の下に晒す作業でもあった。

就労時の介護保障という厚い壁:重度訪問介護利用等支援事業の限界

現在、最も激しい論争の的となっているのが「働く障害者への公的介護」の在り方だ。障害者総合支援法に基づく重度訪問介護は、長年にわたり「通勤や就労、経済活動に伴う利用」を一律に対象外としてきた。つまり、重度障害者が仕事をしようとすれば、それまで受けていた公的支援を打ち切られるという、不条理な「就労のペナルティ」が存在する。

この不合理を是正すべく導入されたのが「重度訪問介護利用等支援事業」だが、その実効性には疑問符がつきまとう。財源の半分を市町村が負担する仕組みであるため、自治体の財政力によって支援内容に極端な格差が生まれているのだ。仕事を諦めざるを得ない当事者が後を絶たない現実は、憲法が保障する勤労の権利を形骸化させている。

舩後靖彦議員が明かす制度改革の内幕と医療福祉政策のリアル

れ いわ als

厚生労働省との折衝の舞台裏について、舩後氏は妥協なき姿勢を貫いている。官僚たちが持ち出す「財源の制約」や「健常者との公平性」という常套句に対し、議員は自らの身体をもって反論を重ねてきた。人工呼吸器を装着し、24時間の介助を必要とする当事者が、省庁幹部と直接対峙する空間そのものが前代未聞の政策協議である。

「福祉を施しではなく、投資と捉え直すこと」。舩後氏が提唱する医療福祉政策の核心はここにある。重度訪問介護の枠組みを就労現場まで完全適用するよう求める法改正案の提出や、介護報酬改定における単価引き上げの要求は、単なる給付増額の訴えではない。介助者を雇用し、当事者が社会で納税者として活動できる循環を作ることこそが、真の経済活性化につながるという論理だ。

日本ALS協会と患者コミュニティが突きつける切実な現場の声

当事者団体の草分けである日本ALS協会などの現場からは、政治の動きを注視しつつも、より切迫した声が上がっている。とりわけ地方都市における介護人材の枯渇は深刻を極めており、制度があっても介助者が来ないという「介護難民」の危機が現実化している。

NHK NEWS WEBなどの報道でも度々取り上げられるように、気管切開や人工呼吸器の装着を選択するか否かという「命の決断」において、家族の介護負担を理由に生きることを諦めてしまう患者が今なお存在する。テクノロジーが進歩した現代において、社会の制度的欠陥が命の選別を強要している構造を、患者コミュニティは激しい危機感とともに告発し続けている。

山本太郎とれいわ新選組が描く「生きているだけで価値がある」社会

「生産性で人間の価値を測るな」。山本太郎代表が街頭で繰り返すこのフレーズは、効率性と自己責任論に疲弊した社会に強いインパクトを与えた。れいわ新選組が掲げるアジェンダは、単に難病患者を救うという慈善事業ではなく、いつ誰が障害を負っても尊厳を保って生きられるセーフティネットの再構築だ。

筋萎縮性側索硬化症という過酷な疾患に向き合う議員を国会へ送り出したことは、社会全体の「生の肯定」を求める闘争の象徴となった。介護職の処遇改善を抜本的に行い、全額国費によるケア労働の公有化を訴える彼らの主張は、財政規律を重視する主流派政治家たちとの間で熾烈なイデオロギー対立を生み出している。

命の選別を許さないための制度的選択肢とこれからの針路

問われているのは、私たちがどのような社会を選択するのかという意志だ。難病や重度障害を抱える人々が直面する障壁は、明日の自分自身や家族が直面するかもしれない現実である。個人の努力や家族の犠牲に依存する従来のケア体制は、もはや完全に限界を迎えている。

国会内で進む制度改革の議論は、遅々たる歩みに見えるかもしれない。しかし、当事者が直接議席から発信し続けることで、これまで不可視化されてきた矛盾が確実に浮き彫りとなっている。命を切り捨てる社会から、命を無条件に肯定する社会へ。その分岐点における闘いは、いま最も緊迫した局面を迎えている。 (出典: れ いわ als(Yahoo!ニュース)